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2010年7月31日 (土)

佐々木昭一郎「四季・ユートピアノ」を観る

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昨日はユーロスペースで「四季・ユートピアノ」を観た。TV放送以来だから・・・20年以上ぶり。

佐々木昭一郎の映像美が全く古びておらず、新鮮。最初に見た時は流れるような映像詩を楽しんでいるうちにエンディングとなったが、今回はストーリーも味わいながら観ることができた。

四季・ユートピアノ」の底流にあるのは、戦争世代の深い心の傷と、その子供たちによる和解と再生だ。苦難に満ちた榮子は痛みを抱きしめながら微笑をたやさない。

美しいが唐突な映像の散文は一つひとつ意味をもっているが、一度にその全てを理解するのはほとんど不可能。けれども、そのことが逆にストーリーに対する多様な解釈を許容し、観る側の想像力をふくらませる効果を持っている。

「四季~」と前後する佐々木作品は、テーマと映像美、そして主演の中尾幸世の三位一体がほとんど奇蹟とも思える世界を形作っている。どれが欠けても佐々木ワールドは成立しない。戦後昭和のニッポンの風景に、幻のように立ち昇ったファンタジーだ。

昭和の黄昏という時代性と女優の稀有な力、そして演出が共鳴する一回起性の映像体験。それゆえ、佐々木昭一郎の一連の作品に並ぶ物は後にも先にもない。

<上映後に中尾幸世さんご本人が登場。美人だったが、やはり榮子とは別人。思い出は遠くにありて思うもの、か。

インタビューは当時のエピソードを中心に進行したが、作品のテーマや時代背景などについての質問がなかったのは残念。もっと深いところにフォーカスしないと、佐々木作品の稀有さに迫ることは出来ないが、インタビュアーは中尾さんにひれ伏してしまっていて、とてもそれどころではなかったようだ。

中尾さんの後は佐々木氏が登場。おお、あの作品を作ったのはこの人か。プロダクションを立ち上げて、来年には新作を発表したいという。

ロビーで佐々木氏にサインをもらい握手をお願いするが、なんと佐々木氏、私との握手の後でズボンで手を拭くではないか(笑)。おれの手、そんなに脂っぽかったか。けれどもその割にはしっかりと握手してくださったのが印象的だった。

それにしても、観終わって一晩たっているのにまだ熱に浮かされたような余韻が残っている。「四季・ユートピアノ」はみごとな作品だ。
(ツイートより)

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