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2016年1月12日 (火)

調布飛行場拡張で壊された、近藤勇の生家

昨日の、都道事業化計画の現地を実際に歩く会。
現地を案内してくださった80才の男性は、昨日も書いた通り、ここ小金井で実際に空襲も体験したのだと話した。

近くには調布飛行場やICU(国際基督教大学)がある。
調布飛行場は戦時中、帝都防空の陸軍部隊が駐屯していたし、ICUはもと中島飛行機の工場だった。それで米軍の爆撃の標的になったのだろう。

「焼夷弾のほかに時限爆弾も落ちてきた。空襲が終わった、と避難から戻ってきたころにドン、ドンと爆発した」(男性談)

聞くだに、まるで爆弾テロのような悪辣な仕掛けだと思う。
手段を選んでいられないのが戦争の本質である。

調布飛行場と戦争、といえば思い出したことがある。
戦時中、基地拡張のために、滑走路の北端に位置する近藤勇の生家が取り壊されたという逸話だ。

新選組局長の生家であっても、必要とあらば有無もなく取り壊すのが戦争だ。
それでも「戦争中だった」と思えば、仕方ないとあきらめも付くのかも知れない(当事者の思いは別だとしても)。

しかし今は戦争のような非常事態にあるわけではない。
住民の頭越しに道路が作られていいはずはないだろう。
小平市では、都道計画をめぐり3年前(2013年)の5月、住民投票を実施した。
残念ながら開票されなかったが、この住民投票には画期的な点があった。

「住民投票の設問を、『都道建設を続けるか・中止するか』ではなく、『住民参加で計画案を見直すか・計画見直しは必要ないか』としたところである」「住民投票を実施するというそのことよりも、この設問を立てたところにこそ、住民自治を実現しようという姿の本質がある」
(『議会は踊る、されど進む』谷隆一著、ころから刊、201~202頁)

有無を言わさず道路計画に賛成・反対ではなく、住民が自分で知り、判断して決めよう、ということだ。道路が仮につくられるとしても、そこに住民参加のプロセスがあれば、それはあたかも戦時中のように、有無を言わさず今建っている家を立ち退かせる(補償金が出るとしても、そこに住み続けるという選択肢を選べないことには変わりない)、というようなことにはならない。

同書を読むと、小平の住民投票がいかに大変だったかを知ることができるが、それでも私は「自分で知り、考え、選ぶ」プロセスだけは絶対に手放したくない、と思う。

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