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2016年1月11日 (月)

年末に突然降って湧いた、都道事業化計画

昨年末、私の地元の小金井市で都道の事業化計画が突如浮上した。
計画自体は1962(昭和37)年につくられたものだが、50年以上も前の道路計画にどれだけの実効性があるのか、疑問だ。

そもそも、なぜ今のタイミングで事業化計画が浮上したのか、さっぱりわからない。

問題の道路計画とは、「東京都都市計画道路 第四次事業化計画(案)」における「優先整備路線」に選ばれた、「小金井3.4.1号線」「小金井3.4.11号線」。

3.4.1号線は、JR中央線の南を東西に走る「連雀通り」から西に枝分かれし、野川わきのがけ、通称「はけ」(国分寺崖線)や住宅地を突っ切り、新小金井街道へと至る。

一方3.4.11号線は、南北に走る「東大通り」と連雀通りの交差点から南に延伸するもので、やはり住宅地やはけを縦断するように貫く。

今日11日、住民グループ「はけの自然と文化をまもる会」による、計画地を実際に歩く催しが行われた。

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これは生活道路「はけの小径(こみち)」。はけからの湧水が流れている。
計画では、半分ほどの長さが道路にかかっているそうだ。

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50年ほど前、一帯は田んぼと雑木林が広がっていたという。
向かって右の住宅地にも計画はかかっている。

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正面が「はけ」の斜面林。右上から左下に道路を作ろうという計画だ。

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はけにある「ムジナ坂」も計画にかかっており、今のままでは消滅することになる。
作家の大岡昇平が一時期住んでいたという住居がこの脇にある。
「武蔵野夫人」とゆかりの深い場所だそうだ。

近くに住む80才の男性は、かつてこの地で空襲も体験したという。
「道路計画は突然できた。地元の人は基本的に知らないのでは」と話す。

道路計画当時は田んぼや林だった場所にも、今や住宅が立ち並ぶ。
2年前、計画地付近に家を買った人は「不動産屋から計画のことは知らされていたが、『まずできないだろう』という話だった」。やはり計画地付近に自宅を構える別の人も「まさかという感じ。不動産屋は『まず(道路が)つくられることはないだろう』という説明だった」と話した。

50年前とは全く状況が変わり、計画地で生活を築き上げている住民が大勢いる。最初でも書いたが、道路計画の必要性をめぐる説明らしい説明はほぼ皆無だ。

行政のトップダウンによる道路計画案である。ここに住民参加や自治、民主主義のプロセスは皆無だ。計画の是非から、住民が意思決定に参加しない限り、計画を進めてはいけない。

また、もし仮に渋滞緩和や移動時間短縮など、便利さの追求という点から道路の必要性が認められるにしても、もうこれ以上の道路は必要なのかという問題がある。

道路建設が、住民の生活、市内に残された自然環境、地域の歴史の記憶を破壊する危険性は大きい。

80才男性の話。「便利だからというだけで、道路を作れば、ここに住んでいた住民の生活の記憶はどうなるのか。もうこれ以上つくらなくてもいいのではないか」。小金井の移り変わりを見てきたからこその、この言葉に耳を傾けるべきだろう。

追記)今回の都道事業化計画に対するパブリックコメントが2月10日まで募集中だ。

「東京における都市計画道路の整備方針(第四次事業化計画)(案)」の公表について ~皆さまのご意見をお寄せください~(東京都都市整備局)

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