« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

2016年2月

2016年2月29日 (月)

ポンコツゲンパツ、タダチニハイロ

■高浜原発4号機が緊急停止 再稼働直後、発電機トラブル(朝日新聞)
http://www.asahi.com/articles/ASJ2Y4V5TJ2YPLFA008.html

高浜3・4号機はプルサーマル運転中。
プルトニウムを混ぜたMOX燃料を使用するプルサーマル発電は、通常のウラン燃料よりも安全マージンが少ない(安全裕度が低い)とされる。早い話がより危険度が高いってことだ。

それにしても原発は、何かトラブルが起きる度に放射能漏れを心配してしまう。過酷事故が起きても、国と電力会社に事態を収拾する力は全く不足している。しかも事故時の国と電力会社の隠蔽体質は東電原発事故で明らかだが、その責任追及はほぼなされていない。ようやく当時の東電幹部3人の刑事訴追が今日29日、始まったばかりだ。

今回、関電は電力自由化を控え、電気料金の価格競争のために原発を再稼働したようなものである。電気は足りているのに。

R0015735

たかが電気のために事故に怯えて暮らすなんてまっぴらごめんだ。
写真は関電東京支社前の抗議行動(反原連主催、1月14日)で。

2016年2月27日 (土)

自然エネルギー中心の電力会社が申込み受付開始

4月の電力小売全面自由化を控え、自然エネルギーの導入に前向きな新電力が一般向け売電の事前申込受付を始めた。「みんな電力」だ。

■みんな電力の電力販売サービス
http://enect.jp/power_service/

提供エリアは一都六県、山梨県、静岡県の富士川以東。
6月から販売予定とのことである。
気になる料金は、基本料金月額がアンペア数と関係なく一律で830円、電気料金が従量で1キロワット時当たり23.7円(いずれも税込、再エネ賦課金は含まず)。

電源構成は、固定価格買取制度で調達されたFIT電気(太陽光)が40%、非FIT電気(太陽光)が30%、常時バックアップ(従来の電気)が30%。
非FIT電気はいわゆる「生グリーン電力」ということになろう。

FITこみの自然エネルギーが70%も入ってこの値段は、かなり頑張っているとは思った。ただ基本料金に割高感がある(私の自宅は20アンペアで500円程度なのだ)。アンペア数に応じて変えてくれると有り難いのだが・・・。今後に注目したい。

2016年2月26日 (金)

脱「東電中毒」のススメ

東電に限らず、私たちが電気を買うことは、どうしても電力会社に電気を依存することになってしまう。送配電網につながっている以上、そこからは自由になれない。

それで電力依存の怖いところは、昨日も書いたが、東電のような悪徳企業でも事業継続が許されてしまうということだ。言い換えれば、今私たち東電管内の電気は大方、悪徳企業に握られていると言っていい。

しかもそれが便利で当たり前の状態となっているため、私たちはそれが異常であることに気付きにくいしくみだ。実にうまくできているものである。私はこれを「東電中毒症状」と名付けてみたい。

電力小売全面自由化はそのしくみに変化を起こす。ただし新電力の中にも東電から電気を買っているところは多いに違いなく、電力会社を変えたからと言って脱東電とはなりにくいのが難点だ。これも昨日書いたが、自然エネルギー導入に前向きな新電力を探して選ぶのは「東電中毒」への一つの「治療法」だろう。

私がやっている「東電中毒」対策は主にオフグリッド発電である。これがいいのは、オフグリッドの電気を使うたび、「なぜ自分で電気を発電しているのか」と原点に立ち戻ることができる点だ。電気の出所を考えず、国と電力会社にお任せしていたことで東電原発事故が起きた。そのことを日々気づかせてくれる。

電気を選ぶことは未来を選ぶことでもあるのだ。

脱東電依存のススメ

東電原発事故で、実は東電は事故後3日目でメルトダウン判定が可能だった。

■メルトダウン判断 3日後には可能だった(NHK)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160224/k10010420291000.html

車内のマニュアルにそう書かれていたことを、今頃になって「発見」したそうな。
あほか。こんな言い訳、誰が信じるものか。
東電の幹部が必死こいて言い訳を練っている様子が目に浮かぶようだ。

それにしても憤りをおぼえずにいられないのは、これだけ国土を破壊し、人々から故郷を奪いながら、東電は事故前から何一つ変わってはいない、ということである。

避難者、自主避難者、母子、被ばくした人のことなど何とも思っていないのだろう。

こんな悪徳企業は普通だったら存続を許されないが、こうして何一つ改めることなく事業を継続できているのは、電力全面自由化目前とはいえ、独占的に電力市場を握っているからに他ならない。

早い話、私たちが東電から電気を買う契約をしている限りは東電は安泰なんである。

4月以降は電力会社を選べるようになるが、残念ながら東電でない電気を売ってくれる電力会社は多くない。一方、「パワーシフト・キャンペーン」が紹介している電力会社は自然エネルギーの導入に前向きだ。一般家庭向けに順次電力を販売するという。

■自然エネルギー供給をめざすパワーシフトな電力会社一覧
(パワーシフト・キャンペーン)
http://power-shift.org/choice/

また、東電への依存を減らす点では節電やオフグリッド電気の導入も有効だ。オフグリッドとは独立型発電のこと。私も3・11後、試行錯誤しながら継続。デスク照明やスマホ、Macbook Airの電気はほぼ自然エネルギーで供給、つまり脱東電を実現できている。

その経緯を地球のココロで記事にしているので、興味ある人は読んでみてほしい。

Kkttop

■自作の太陽光発電システムでノートPCの電源を自給してみる
http://chikyu-no-cocolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/pc-1.html

無論、脱東電依存とは単に電気を切り替えるだけのことにとどまらない。電力会社への依存はお任せ民主主義、消費者民主主義とも通じる。私たちが「原発やめろ」と街頭に登場することも、脱東電依存と言える。

それぞれができることを今やろう、ということだ。

2016年2月24日 (水)

身の回りから戦争を隠す日本

昨日触れた「戦争遺跡」をもう少し考えてみたい。

私の住む東京多摩には戦争遺跡が多い。調布飛行場周辺のコンクリート掩体壕とか、東大和市にある日立航空機変電所跡とかだ。

Img_0245

調布、立川、横田には旧陸軍の飛行場があった。また、立川飛行機、日立航空機、中島飛行機などの航空メーカー、及び関連工場は軍需工場として空襲の標的となった。日立航空機変電所跡の外壁には、機銃掃射の痕が一面に残されている=写真。

調布、立川、横田には戦後米軍が進駐。横田には今も米空軍が駐留している。実は東京には、今も戦争と地続きの場所があるわけだ。

さて、私の小中学校時代当時、学校では日本が歩んだ戦争の歴史について時間を割いて教えていなかったような気がする。しかし朝霞には米軍基地跡地や自衛隊の駐屯地がある。高校では平和学習も行われ、修学旅行で広島も訪れたが、そこでの戦争はやっぱり歴史上の出来事で、リアルなものとしては受け止めにくい感じがした。

どうして身近にある「戦争の傷あと」に注目しないんだろう・・・というのが、私の戦争遺跡への関心の起こりなのであった。そうしたものは注意深く避けられ、平和な日常が演出されている、という違和感は今もある。

これを書きながら、高校時代の友人が当時、「学校の先生は『教え子を戦場に送るな』と言うのに、生徒を平気で受験戦争に送り込んでいる」と言っていたのを思い出した。

今、彼の言葉を私なりに解釈すれば「平和が上滑りしていて、戦争に至る暴力の機構は実は今も温存されている。なぜそのことを先生は問わないのか」となるだろうか。

2016年2月23日 (火)

米軍キャンプ・ドレイク時代の写真

埼玉・朝霞にはかつて米軍基地「キャンプ・ドレイク」があった。
当時、勤務していた米国人が撮影したと思われる写真のアルバムを見つけた。
https://www.flickr.com/photos/ruap1967/sets/72157623317048208/

ベトナム戦争当時、キャンプ内に野戦病院が設けられ、戦線から傷病兵が後送されてきた。赤十字マークをつけたヘリコプターが基地内に降下する写真もある。

朝霞の隣の志木で生まれ育った私は、たしか中学生の頃にこの基地の存在を知った。1985年前後だったか。当時、実際に自転車で訪れると、すでに返還された跡地には草木が生い茂りジャングルの様相。その間からカマボコ兵舎や米国式の黄色い消火栓などが覗き、ここが米軍の土地であったことをリアルに感じさせた。

身近な場所に、つい最近まで起きていた戦争と地続きの場所があった。そのことに何とも言えない感情を抱いたものだ。私が戦争遺跡に関心を持った原点が、このキャンプ朝霞跡地にある。

基地(ノースキャンプ)跡地は順次、学校や図書館などに姿を変えたが、核心部には電波塔やリトル・ペンタゴンが随分後まで残されたままだった。それらが撤去されたのは2000年代に入ってからだったように思う。

11390369_956195491097640_46147695_3

現在、リトル・ペンタゴン跡の隣は「朝霞の森」として暫定的に開放されている。写真正面奥に掲揚塔が2本立っているが、その付近が同施設正面に当たる場所だ。

2016年2月22日 (月)

ティーンズソウル・渋谷デモ詳報

Img_7182_2
ティーンズソウルが呼びかけた安保法反対デモの先頭。法政大教授の山口二郎氏らも姿を見せた=21日、都内で

「野党はUnite」「選挙に行こうよ」。昨日21日、ティーンズソウル呼びかけの渋谷デモを先頭で牽引したのは高校生だった。

参加者で都内私立高3年の男子(18才)は「自分は戦争には行きたくない。戦争ができるようになれば、知りたいことを知る自由が制限されると感じる」と話した。高市総務相の「停波発言」に対しては「政府寄りの報道なら良いのか」。

同じく茨城県内私立高2年の女子(17才)は、6月の選挙権年齢引き下げまでに18才となる。国政選挙に向けた5野党連携に「ようやく出来てきた。野党でまとまって安保法を廃止して欲しい。選挙には行く」と期待を見せた。

デモ行進中のスピーチで、法政大の山口二郎教授は「安倍政権の本質は目先の事しか見ず、10年20年先を考えていないということ。年寄りが若者の未来を奪ってはいけない」と述べた。

「安全保障関連法に反対する学者の会」世話人で、東京大の佐藤学名誉教授は「都道府県教委の中には高校生の政治活動を制限しようとする動きもある。しかし高校生も主権者であり、その市民的自由を制限してはいけない」と訴えた。

2016年2月21日 (日)

ティーンズソウル・渋谷デモ(2月21日)

Img_7187

安保法制に反対する10代のグループ「ティーンズソウル」が呼びかけるデモが21日午後、東京・渋谷で行われた。6月には選挙権年齢が18才に引き下げられる。高校生も主権者として選挙権を行使できるようになるのだ。

Img_7203

デモはティーンズソウルほか25団体が共催。主催者発表で5千人が参加した。一部メディアは「中高年が目立った」と報じているが、そもそもティーンズソウル単独のデモではない。それよりも興味深かったのは、中学生の参加者もいたことだ。

解散地点の代々木公園で、親と一緒にデモを歩いたという2人に話を聞くことができた。

「若い人が参加していてすごいな、と思った」(都内・公立中1女子)
「(高校進学を控えて)自分も選挙できる年齢に近づいているので、政治に興味を持ちたい」(神奈川県内・公立中3女子)

Img_7224

中学生も政治に関心を持っている・・・というか、こういう言い方は中学生に失礼だろう。政治への関心を、これまで社会と大人が向けさせてこなかった面はないだろうか。だれもが主権者であり、政治についてもっと自由に考え、語り、行動していいはずである。

先日、保活に成功した人が「日本死ね」と毒づくブログ記事を紹介した。その書き手は「デモなんて意味ねえよ。」と綴ったが、一方で今や中高生も政治に関心を持ち、行動を始めたわけだ。主権者として、社会に責任があることを自覚している。

Img_7234

納税さえしていれば後は他人任せ、野となれ山となれという「お任せ民主主義」がクソな社会を生んだのだ。自分や家族のためには必死だが、社会や政治はまるで他人事。そんなスカした態度は大人として恥ずかしい。

2016年2月20日 (土)

(10年前の写真)入間・アイロード

米軍ハウスが持つ、日本離れした佇まいや間取りへの強いあこがれがあった。

米軍ハウスは、在日米軍向けの住宅として建てられた木造平屋の事である。東京の福生や埼玉の入間・狭山にはまだ残っている。
「東京R不動産」で紹介され出した辺りから家賃がベラボウに高くなった(月十数万円もする)が、安い物件はないものかと探したこともあった。

掲載するのはそんな頃に撮った写真の一つだ。2006年撮影。

Img_1324_2

入間市内には「アイロード」という飲食店がある。
米軍ハウスを改装した店で、全面ツタに覆われている。
カントリーでアーシーなというか、やはり日本離れした雰囲気に驚いた。
埼玉にもこんな場所があるとは・・・。
ちなみに、何を食べたかはもう覚えていない。

Img_1325

近くには旧い洋館や、尖塔が目を引くやはり旧い教会もあったりで、コンビニやチェーン店が埋めつくす埼玉の風景の中にありながら、そこだけ別の時間が流れているようだった。

2016年2月19日 (金)

何もしないためなら何でもやる

すごいブログ記事を見つけた。

■保育園の第一志望受かったけどやっぱり日本死ね
http://anond.hatelabo.jp/20160218153103

保育園に子どもを入れるために、妊娠中から夫婦で「保活」(子どもを保育園に入れるための活動)に励んだ経緯が書かれている。

都市部、とりわけ都内は認可保育園が不足しているという。
そこで子どもを無事に入園させるため、様々な裏技を駆使して条件を有利に持っていくのである。そこまでやるかという感じだ。

それにしても行政の機能不全ぶりがここまでとは、と驚愕せずにはいられないのだが、私が記事を読んで思ったのは、保育園不足をめぐる状況もまた「何もしないためなら何でもする」の一例なのかも、ということだ。

「何もしないためなら何でもする」とは、3・11後に語られるようになったネットスラングのような言葉だ。問題を根本解決することを徹底して忌避する日本の社会構造を皮肉る時に使われる。

行政は、認可保育所の不足を手当するための抜本的な措置(国の予算を増額する、保育士の給与をアップする、など)を講じず、点数制度で入園順位を序列化させる。この時、努力はもっぱら行政よりも入園希望者がするものだという「自己責任」の論理が貫徹される。

一方、入園希望者は裏技までをも駆使して涙ぐましい努力を保活に投入する。「クソな行政」に対する市民の自衛策だが、じつはこの時、保活せざるを得ない枠組みそのものは受動的にではあるが「受け入れている」。それはブログ記事の最後の方、

「この手の話題になると選挙行けとかしたり顔で言い出す頭でっかちのバカがいるけど、夫婦の2票で何か変わるのか?何も変わりゃしねえよ!」

という言葉(叫び?)に端的に表れている。
「変わらない日本」という枠組みを、文句を言いつつも受け入れ従っている、「よくある」市民像が見えてくるのだ。

でも「変わらない日本」を作ったのは、実は「文句言いながら実は枠組みを受け入れている、従順な」私たち一人ひとりだし、そこには必ず責任があるはずだ。クソな日本の行政サービスも、そんな私たちの程度に見合ったものだろう。

ところで、ブログには

「デモやれって?普通に行政サービス受けるために警察にマークされてネットで叩かれて仕事失うリスク背負えってか?自分の生活が壊れるじゃねーか。意味ねえよ。」

という一文もあったが、デモを主催したこともある自営業者の私に言わせれば、これは正確ではない。デモに行っても仕事は失わないし、生活も壊れない。ネットで叩かれるリスクは「日本死ね」とブログで書くのと多分それほど変わらない。デモを通じて得られる人間関係が、何かのセーフティーネットになる可能性もゼロではない。

そう考えると、このブログの書き手も「何もしないためなら何でもやる」一人なのかも知れない、と私は思った。

2016年2月17日 (水)

世界的大企業の闇!?

昨日発売の雑誌「SPA!」(扶桑社刊)で記事を書きました。

N160223

※誌面紹介(日刊SPA!)
http://nikkan-spa.jp/magazine/1053319

中吊り画像は上記ページから引用。
書店・コンビニほかでお求めください。

私は「消費者が知らない『世界的大企業』の闇」という記事で「児童労働」「種子支配」を執筆している。

「SPA!」は漫画も充実。「アラサーちゃん」のささくれた笑いも好きだが、「ぼっち村」が面白かった。アラフォー漫画家が限界集落暮らし。地元に仕事は少なく「ナリワイ」を始めるようだ。

地方移住も、空き家をリフォームした途端に追い出されたり、耕作放棄地を再生した途端に返却を求められたり・・・というような話がネットに上がってくる。断片的な情報だし、もちろんそれが全てではないのだろうが、やはり厳しいものを感じる。

市民掲示板

私が住む小金井市には「市民掲示板」がある。
これは住民が、地域行事や自主的活動、探し物などの告知のために自由に使える掲示板だ。いつも、俳句講座とかパソコン教室とか何やらかんやらのチラシが貼ってあって楽しい。

※「市民掲示板」に関する市の説明
https://www.city.koganei.lg.jp/shisei/461/info/FAQ_keijiban.html

もっとも「自由に」とはいえ、掲示に際しては
「営利・政治・宗教目的でない」
「誹謗中傷でない」
「大きさはB4まで」
「掲示期間は2週間まで」
などといったルールはある。
しかし、掲示板に貼り出すのにいちいち許可を取る必要がないのはありがたい。
ルールを守ればだれでも気軽に使える。

私も使ったことがある。
ご近所を歩くささやかな脱原発デモを企画した際、告知のチラシを市民掲示板に貼った。
参加者の中には「掲示版のチラシを観て来た」と話す人もいて、市民掲示板があることのありがたみを感じたものだ。

こう言うと「デモは政治活動じゃないのか?」とツッコミを受けそうだが、ルールで禁じる「政治」とは政党活動のことであろう。
例えば、政党ビラが貼ってあるのは見たことがない。

一方、住民主体のデモは「地域での住民活動」と考えるのが自然である。
逆にデモであっても、ヘイトスピーチのような排外運動は地域や住民の間に分断をもたらすため、市民掲示板の趣旨と相容れない。ルールで「誹謗中傷」を禁じているのはそのためともいえる。

ちなみに市民掲示板が建てられたのは40年ほど前のことらしい。
革新市政の下、住民が「自由に利用できる掲示板を」と求めて実現したようだ。
テレビ放映向けに取材した、当時のモノクロ映像が現存している(私も観た)。

自由に使える市民掲示板は珍しい存在だ。
地域の住みやすさは、交通の便や商業施設等の充実をモノサシに語られることが多いが、私にとっては市民掲示板があることも、小金井が住みよいと感じられる大事な要素なのである。

2016年2月15日 (月)

今からでも間に合う?才能開花術

昨日書いた「才能開花術」のプログラムについて。

51xb0tgsskl_2

『今からでも間に合う 大人のための才能開花術』
http://www.amazon.co.jp/dp/4789726061

大雑把に言うと、12週間にわたり毎週「諦めているけど本当はやってみたいことをリストアップする」「将来の夢やなりたかった職業を列挙しよう」「それらの実現に向けて今できることをやってみる」などといった課題をこなしていく、というものだ。

つまり自分の中で封印していた好きなこと、やりたいこと、将来の夢を発掘し、それらの実現に向けた行動を促すのが一連のプログラムのねらいといえる。

また、プログラムを進める上で最も基本的な訓練(メソッド)に「モーニングページ」と「アーティストデート」がある。モーニングページとは「毎朝、ノートに3ページ分、思ったことを書く」というもの。一方、アーティストデートは「毎週1回、何かワクワクすることを一人でやってみる」。

著者は米国の脚本家。
好きなこと、やりたいことを貫き通すのが難しいのは日本に限らず米国も同じ。とりわけ脚本家や作家、芸術家など、創造力で稼ぐ仕事はハードルが高い。失敗や酷評を恐れず創造力を育むのは至難の技。創造力の芽を摘む教師、友人、批評家らには事欠かない。

それらから身を守り、創造力を養うために編み出されたのが本書のプログラムだという。

私も実際にモーニングページを何年も続けている。もっとも、毎日書くようになったのはこの半年くらいのことだ。頭のなかの思考の流れを書き出すことで、余計な緊張やイライラなどが緩和されるように感じる。書くことを通じて自分を客観視できるためだろう。

また、書いていることで頭のなかが整理される効果もあるようだ。アーティストデートは私の場合、山登りとかサイクリングとかが多い。

「夢なんか諦めろ」「お前なんかにムリ」「好きなことを仕事にできるのは特別な人だけ」・・・。こうした抑圧や同調圧力から身を守る術が、誰にも必要だ。モーニングページを続けていると、好きなことややりたいことを日々忘れずに済むので有益だ。

裏返すと、毎日続けないと効果が薄いのがこの「才能開花術」の欠点といえる。

2016年2月14日 (日)

好きな事を封印する人生はクソ

なるほどと納得するブログ記事を見つけた。

※日本の『好きなことやれないサイクル』はヤバい。年を取れば取るほど取り返しがつかなくなるので、若者の皆さんは早めに抜け出してください。(かずかずのたまご)
http://nikki.kzkz-ozn.com/entry/2016/02/10/080000

私は「今のままでは好きな事ができない」と思って10代の終わりに家を飛び出してしまい、今に至るが、「好きな事」で飯が食えるようになったのは、今の仕事を始めてからである。

ただし10代終わりの時点で「好きな事をして稼ぎたい」と思っていたわけではない。学則も制服もない自由な高校でのびのび過ごしたが、学力に見合った大学に進学したものの、これが全くつまらなかった。高校生活が楽しかった分、タコの糸が切れたようになってしまったのである。

それからいろいろ試行錯誤や迷走があったのだけれど、食べていかなければいけないから、「好きな事」に真正面から向き合わないまま「そこそこ給料がもらえればいいや」と思って、好きでもない仕事をするために会社を転々としていた。

そんな2005年のある日、西荻窪の本屋「ナワ・プラサード」で『今からでも間に合う 大人のための才能開花術』という本に出会ってしまった。

このナワ・プラサードとは、精神世界や有機農業、カウンターカルチャーなどのジャンルに特化した知る人ぞ知る本屋である。

それで、この本には「自分の好きな事、やりたいことを発掘し、実行する」ための3か月間にわたるプログラムが書かれていた。「これだ!」と思った私は愚直にプログラムをこなし、その年の秋に宣伝会議がやっている「編集・ライター養成講座」を受講。「好きな事」で食べるための足掛かりを得たのである。

プログラムの中身については後日触れるとして、「好きな事」「やりたい事」を封印して、我慢しつつ不平をたれつつ好きでもないことをする人生は不幸である。そして冒頭のブログにあるように、不幸が本人のみならず、まわりにも伝播し、世の中全体がクソつまらなくなってしまうのが一番の問題だ。

2016年2月13日 (土)

ドイツは脱原発後も核施設が稼働!?(金曜官邸前抗議・2月12日)

1月末以来の金曜官邸前抗議取材。国会前のスピーチエリアにドイツの若者が登壇した。
23才の留学生、ハネス・ヤノットさんだ。

Img_7111

「北ドイツのリンゲンに、アレバの子会社が運営する核燃料工場がある。ドイツは2022年に脱原発を達成するが、リンゲンの核燃料工場はベルギーの原発向けに22年以降も核燃料を製造し続ける。現地では反対運動が続いている」

メルケル政権は3・11後に脱原発を決断したが、もし22年に原発が稼働を止めても、廃炉や核のゴミの処分といった課題が残る。それらは途方もなく時間と費用を要する。例えば核のゴミの保管には10万年が必要だ。

つまり原子炉が稼働を止めたとしても、脱原発の取り組みはそれで終わることができない。ドイツでは、国外向けに核燃料工場が操業を続ける。一方で日本は、最終処分のメドがたたないのに再稼働や新増設に傾斜。いずれにせよ、原発を抱えたことで未来に向けて大変な重荷を背負っている。

Img_7096

ひとたび原発に依存すると、そこからの離脱は全く一筋縄ではいかない。ヤノットさんの話を聞いて再認識させられた。

ヤノットさんは最後に「リンゲン現地の脱原発運動は、日本の脱原発運動に勇気づけられている」と話した。12日の金曜官邸前抗議は通算183回目、参加者は主催者発表で900人。

2016年2月12日 (金)

想田和弘監督と考えるTPP

今日発売の雑誌「週刊金曜日」で、映画監督の想田和弘さんへのインタビュー記事を掲載いただいた。テーマはズバリ「TPP」。

1075

※週刊金曜日2月12日号 特集「TPPで日本は地獄」
http://www.kinyobi.co.jp/tokushu/001923.php

今月20日に観察映画の最新作『牡蠣工場(かきこうば)』が公開されるが、映画の舞台となった瀬戸内の風景から、人とモノの動きがグローバリズムで加速する今について、監督と考えてみた、という趣向である。
書店でお求めいただければ幸いだ。

監督が観察した岡山県牛窓(うしまど)は瀬戸内海に面した漁村。
江戸時代は朝鮮通信使の寄港地でもあり栄えた。
独自に発展を遂げた土地柄か、近代に入っても鉄道駅が誘致されることはなかった。
それでひなびた街並みが残っているのだとか。

近代から距離を置いた土地だからこそ、今、近代の来し方行く末も見えるのかも知れない。

朝鮮通信使といえば昨年秋、私は自転車で走る「新朝鮮通信使」に取材を兼ねて参加した。下関から大阪まではフェリーで移動し、夜の瀬戸内海を航行。上関、鞆の浦、牛窓。かつての朝鮮通信使の寄港地はどれも寝ている間に通過してしまったのが心残りだ。

2016年2月11日 (木)

ブログの効用

毎日ブログを更新しているが、好きでやっているとはいえ、ネタに詰まる日があることも確かだ。
うーん、今日は何を書いたものか・・・。

そんな時は過去の出来事にさかのぼって、記憶をたどり、書き漏らしたことを探しだして書くようにしている。例えば昨日の投稿がそうだった。

してみると、日々いろいろなことをやっており、感じているのだが、そうやって体験し、感じたそばから忘れていってしまっているのではないか。
ブログを毎日更新することで、多少なりともそれらを書き留められているのかもしれない。それは効用だと思う。

ちなみに時事ネタは余程のことでない限り書く気がしない。
私でなくても誰かが書いているだろうし、関心があることであれば自分なりに少し時間をおいて考えて、納得できることを書きたい、という気持ちがある。
瞬発的に投稿するのはツイッター向きだ。

2016年2月10日 (水)

今ある道路を使い続ける選択肢

市内の都道計画案に対するパブコメは今日が〆切。

思うのだが、交通ネットワークの充実、利便性の向上、とばかり言い続けていると、しまいには「都市にあるのは道路だけ」という状況がやってくるのではないか。
つまり道路整備に歯止めをかけられない社会だ。いや、すでにそうなっているか。

先月の「べんきょう会」で私は、三鷹市内の東京外環道問題に取り組む鈴木さんに次のように訊ねた。「既存の道路は歩道が狭くガードレールもない。新たに道を作るべきだ、と言われたらどうするか」

鈴木さんはこう答えた。「ガードレールはあるに越したことはないが、道幅が狭ければクルマは注意して減速する。道幅を広くすれば通行しやすくなるが、クルマの速度も上がる。道幅を確保すれば安全とは限らない。狭くて不便でも、注意して使い続けるという方法もある」

「交通ネットワークの充実」という時、「交通」という語が指すのは車両のことであろう。歩行者の通行が優先されているわけではない。連雀通りの狭い区間でも、「狭い」と言いながら車道の道幅は確保されている。実際に狭いのは歩道なのである。

無論、クルマが対面通行できるよう2車線を確保したためにそうなっているのだが、現実に道路で優先されるのは交通弱者ではなく、車両という「交通強者」である、という事実は認識しておくべきだろう。

歩行者と車両の共存を、道路の新設と拡幅でしか解決できないとすれば、この先も延々と立派な道路を作り続けるしかなくなる。しかし人口は減少し高齢化は進む。道路整備は全面否定しないが、それだけが答えなのだろうか。今ある道路を工夫して使い続けるのも、ひとつの選択肢ではないか。

2016年2月 9日 (火)

都道計画のパブコメに応募してみた

小金井市内に設定された2本の都道計画案。パブコメ〆切は明日10日だ。

※「東京における都市計画道路の整備方針(第四次事業化計画)(案)」についてのパブリックコメントを募集します(小金井市)
http://www.city.koganei.lg.jp/shisei/seisakukeikaku/info/dai4jipabukome.html

ギリギリとなったが私も意見を応募してみた。

*****

都道計画(第4次事業計画の優先整備路線)の案に対する意見

(要旨)
小金井3・4・1号線、同3・4・11号線の2本について、建設に反対する。

(理由)
昨年12月以降、上記2本の都道計画案について建設の是非を考えるため、小金井市の住民説明会(1月20日)、立川地方庁舎でのオープンハウス(27日)に足を運び、行政担当者や住民の方に話を伺った。また、都道3・4・1号線計画地付近、および同路線に並行する連雀通りに訪れ、現地を観察した。その結果、以下の認識を得た。

(1)2路線案は都の骨格幹線道路に含まれていない。2路線案が優先整備路線に選定されたのは、地域における交通の便の向上と防災対策が主な理由である。したがって、整備の是非や方法の選定などをめぐっては住民参加が不可欠であるところ、その機会は実際にはほとんど設けられていない。

(2)2路線案をめぐる都と市の説明は「災害への備えを」「都市の国際競争力を高める上で道路ネットワークの整備は重要」などと強調する内容で一貫しており、あたかも優先整備路線が骨格幹線道路であるかのようなミスリードを招きかねないと感じた。

(3)都は、2路線案の整備に必要な概算額を示していない。また都は、2路線案が「はけ」(国分寺崖線)の樹林帯や湧水を横切り、「ムジナ坂」などを通過する形で計画されているにもかかわらず、環境影響評価、および保全についての方針を示していない。都は環境影響評価について「計画が正式に決定してから行う」と説明したが、環境影響評価が都道整備の実施という「結論ありき」で行われる可能性を否定できない。

(4)2路線案が実際に整備された場合、周辺の生活道路が自動車の抜け道となるなど、交通量の増加により生活環境が悪化する可能性を否定できない。一方、その逆に、将来人口減少により交通量が減少するとすれば、そもそも2路線案を整備する必要性は減る、と考えるのが合理的であろう。

(5)都と小金井市は、2路線案の整備の是非、および交通課題の解決に関する住民参加の機会を設けるべきである。小金井市の「マスタープラン」は、私を含め多くの市民・住民にとって「存在さえ知らない」。マスタープランが2路線案の必要性を補強するにせよ、行政は改めてその周知から始めるべきである。

2016年2月 8日 (月)

「政治的公平」って翼賛のことですか

【電波停止!?】 高市総務大臣が国会答弁で電波停止の可能性を示唆 【政治】
http://togetter.com/li/935867

ポイントは政権が「電波停止」の可能性に言及している点。
まとめにあるとおり、これで放送のみならずマスメディアへの権力の威嚇となる。

今日8日の国会で、高市早苗総務相が「行政が何度要請しても、全く改善しない放送局に何の対応もしないとは約束できない。将来にわたり可能性が全くないとは言えない」と言ったそうだ。

高市氏といえば「ナチス礼賛本」に推薦文を寄せていた事が知られている。
http://lite-ra.com/2014/09/post-459.html

例えば翼賛的な放送を繰り返す放送局に、政権が電波停止を命じるとは考えにくい。
自由にモノを言いづらい雰囲気がいよいよ強まっているように感じる。

2016年2月 7日 (日)

毎月低山ハイク

月に一度は東京近郊の低山を歩いている。

今日は藤野駅からほど近い金剛山という、標高が500mもないような山に上り、そこからしばらく稜線を歩いた。
稜線の北側は雪で真っ白なのに、日が当たる南面は落ち葉が積もって明るい山肌で、冬と春のコントラストを見るようで楽しかった。

S_r0015780

山歩きのもう一つの愉しみは、下山後の温泉とビールだ。
藤野は「やまなみ温泉」や「東尾垂の湯」など日帰り温泉が充実していて、じつにありがたいのである。

花粉が飛び始める前にもう一度低山ハイクに行きたいが、どうなるか。
花粉症がひどいので、次の山歩きは春の連休までお預けになるかもしれない。

2016年2月 6日 (土)

1日の労働時間

週休3日に挑戦していることは以前書いた。

http://saitoh-madoka.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-49da.html

さすがに月の下旬頃は週休1日とかもあるが、おおむね達成できている。月末明けの今週は平日に1日休みを取ったので、週休3日だ。

では1日の労働時間はどうか。
先週から毎日記録を取っているが、8時間ということはない。9時間から10時間は当たり前に働いている。それなので、週休3日だとしても、週に36~40時間程度は働いている計算だ。

法定労働時間は週40時間。
つまり私の場合、週休3日だとしても、その週の法定労働時間くらいは働いている計算だ。な~んだ。

もっとも世間一般からすれば、週40時間・残業ゼロという会社や職場はまだまだ少ないのではないだろうか。
低い賃金、終わらない残業、そして朝夕の通勤ラッシュ・・・。過酷である。

こんなことを言うと「お前は自由業だから、そんなのんきな事を言っていられるのだ」とお叱りを受けそうだ。

しかし自由業も大変である。
労働時間を短くするだけならすぐにでもできる。
働かなければいいだけだからだ。
ところが最低限の売上は確保しなければならない。安い原稿料で月の売上目標を達成するには、たくさん仕事をこなす以外なくなる。
けれども、それでは時短や収入増は望みにくい。

というわけで、1日の労働時間を毎日記録することで、もう少し生産性や効率、仕事の質に自覚的になろうとし始めたところだ。

2016年2月 5日 (金)

適当な時期に死ぬ義務って何

作家の曽野綾子氏がまたまた「暴言」である。

週刊ポスト誌で「高齢者は適当な時期に死ぬ義務がある」とぶち上げたようだ。
それで、記事の小見出しには「権利を『求め倒し』、医療を『使い倒し』、他人を『頼り倒す』老人は浅ましい」だと。

「言いだしっぺのあなたがまず見本見せたら?」としか思えないのだが、それにしても毎度の「炎上商法」とはいえ呆れる。

曽野氏の別の「暴言」を引き合いに記事を書いたこともある。

・「介護人材不足を外国人移民で補う」との発想は「安易」と現場の声
http://hbol.jp/30062

中には寝たきりになって何年も病床で過ごして亡くなる高齢者もいて、それはそれで問題だが、だからと言って「死ぬ義務」とは。

「寝たきり確定になったら自分で安楽死してください」ということなのか。

確かに、「いくらでも生きたい」は理想だが叶い難い、傲慢である、という曽野氏の主張は当を得ているところもあるとは思う。

また、生きがいも見いだせず、楽しみもなくただ余生を送るとしたら不幸だ。それに、そうした余生を送れるだけの社会的な余裕も失われつつあるのかもしれない。

しかし、例えば「生きがい」一つとってみても、それは個人の内面の問題でもあって、他人が与えるようなものではない。

それに、「死にたくない」と人が願うのは当たり前であり、それを理性でねじ伏せるとしたら、そこにはきわめて大きなムリが生じるのではないか。

曽野氏はその領域に土足で踏み込み、上から目線で「こうしなさい」と言っているようなもの。ひたすら押しつけがましい。しかも言葉に重みがない。本人が本当にそうしているかどうかはわからないので、説得力がゼロなのだ。

「他人に変化を望みたいなら、自分がその変化を生きなさい」と言ったのは誰だったっけか。曽野氏にはぜひ言った通りにしてもらいたいものである。

※今日発売の雑誌「週刊金曜日」(2月5日号)で記事を書いています。
「高浜原発再稼働 電気料金値下げ急ぐ関電『原発ではない電気選びたい』」(金曜アンテナ欄)です。書店でお求めください。

1074

2016年2月 4日 (木)

4輪自転車

ハンドメイドバイシクル展にはスポーツ自転車だけでなく、車いすをはじめ、高齢の人やハンディキャップのある人向けの自転車も展示してある。

そんな中の一つがこれ。
先日の同展に出品されていた、電動アシスト付き4輪自転車「けんきゃくん」だ。

Img_6892

※製品紹介ページ
https://www.kenkyakun.com/

静岡・浜松のメーカーが製造。本業はバイク用フレームの製造だそう。
一目見て「かっこいいじゃないか!」と思った。

ドロヨケなんてロータス・セブンのサイクルフェンダーみたいじゃないか(笑)
片持ちハブとか前輪ディスクブレーキ、デフギア機構など、造り込みも本格的だ。
試乗したが、電動アシストでペダルも軽い。楽しい乗り物である。

これまでに500台くらい売れたという。
思ったのは、片持ちハブやフレーム、デフギアなどの技術要素をベースにして「ベロモービル」に出来ないか、ということ。
ベロモービルとは、雨風をよける車体(車室)がついた自転車。
数は少ないが、海外では実用化されているようだ。

夏は蒸し暑い日本で実用になるか疑問だが、ボディの乗った4輪自転車が街中を走る光景をつい妄想してしまった。
例えばそういう未来も楽しいのではないか。

2016年2月 3日 (水)

綱島家の節分

R0015760_2

江戸東京たてもの園で節分の豆まきに参加。
古民家の一つ、綱島家住宅でやるのである。
いつもは近所の神社に行くのだが、趣向を変えてみた。

綱島家の節分にはいろいろ決まりごとがあったそうだ。
たてもの園が配布した資料には
・豆まきは家族の男が行う
・日暮れ前に行った
・豆は自家製で、五合升に入れて豆まきした
・豆をまいたところから戸を閉め、鬼を追い出す
・節分は「年越し」で、昼に打ったそばを夕飯として食べた
等々。

節分の豆まきは「追儺」(ついな、宮中の儀式)が民間に伝わったものだそうだが、鬼を豆で払うのはよいとして、なぜ日暮れ前なのか、男が豆をまくのか、など、一つひとつに理由があるのだろう。

コンビニでも道具一式が揃うカジュアルな年中行事となった豆まきだが、地域や時代によって格式も備えていたわけで、興味深い。

綱島家住宅は今の世田谷区岡本、多摩川を望む台地にあったそうである。

R0015772

これは表の出入口に飾られていた「ヤイカガシ」と呼ばれる鬼払いの飾り。
ヒイラギの枝に焼いたイワシの頭が刺してある。

ちなみに私はたてもの園の「友の会」に入っているので、園への入場はフリーパスである。

毎日更新しています

ブログをほぼ毎日更新するようになってもうすぐ一月になる。
飽きっぽい私がよく続いたものだ。

それで、なぜ毎日更新を続けられているのかというと、話は簡単で、「書きたいことを書いている」からである。
毎日更新しなければ、と義務感が先に来ると、キーボードをたたく手が止まる。

義務感で書くことに意味はない。しかし毎日更新したい。
ネットの記事を読んでいるだけならば「情報の消費者」だ。でもそれではつまらないので、自分ができる範囲で情報を発信したい、還元したい・・・というのが最も強い動機である。

もちろん、毎日更新することで仕事の上でのセルフブランディングにつながる、という効果も期待してはいる。しかし、であればなおのこと、義務感で書くわけにはいかない。

ブログを毎日更新するようになって、仕事の話が以前よりも舞い込むようになったのは気のせいだろうか。それはさておき、「ブログ読みました」などと人から声をかけてもらえるのはうれしい。愉しみながらではあるが、がんばった甲斐もあったというものである。

2016年2月 1日 (月)

ムダな道路が道路を呼ぶ

昨日(1月31日)は小金井の都道計画に関する「べんきょう会」(はけの自然と文化をまもる会主催)が行われたので行ってきた。

隣の三鷹市で、東京外環道をめぐる住民投票運動に携わった鈴木さんの話。

「ムダな道路を作って(地域の道路事情を)混乱させてから、『解決するには新たに道路が必要ですよ』と言ってまた道路を作る。道路事業はその繰り返し」
「都内の自動車の『旅行速度』(時間当たりの移動の速さ)が遅いのは、交通量が多いからではなく信号が多いから」
「自然を壊さないと社会が発展しない、という考え方はおかしい」

海外事例として鈴木さんはベルギー・ハッセルト市の事例をひいた。それによると、当初あった環状道路計画の代わりに公共交通を充実させることで渋滞を解消。バスを拡充したが、その費用は道路建設のための土地の買い上げよりも低く済み、乗車料金も後に無料に。市の税収も増えたという。

「(交通の課題は)低予算の都市計画の積み重ねで解決できる」という鈴木さんの主張にいたく共感する。

昭和30年代の道路計画を錦の御旗に、住民を補償費で引き剥がして道路を作るとして、一体税金がいくら投入されるのか。都は概算を示していない。

小平市の事例紹介の後に挙がった、小金井住民の感想のひとつを紹介したい。都道計画が実現した時の様子がありありと見えるようではないか。

「(南北に走り、東八道路に抜ける)都道が出来ると、都道計画北側の住民にも影響が出るのではないか。南北に抜ける交通量が増え、生活道路も抜け道になるということも考える必要がある」

« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ