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2016年2月24日 (水)

身の回りから戦争を隠す日本

昨日触れた「戦争遺跡」をもう少し考えてみたい。

私の住む東京多摩には戦争遺跡が多い。調布飛行場周辺のコンクリート掩体壕とか、東大和市にある日立航空機変電所跡とかだ。

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調布、立川、横田には旧陸軍の飛行場があった。また、立川飛行機、日立航空機、中島飛行機などの航空メーカー、及び関連工場は軍需工場として空襲の標的となった。日立航空機変電所跡の外壁には、機銃掃射の痕が一面に残されている=写真。

調布、立川、横田には戦後米軍が進駐。横田には今も米空軍が駐留している。実は東京には、今も戦争と地続きの場所があるわけだ。

さて、私の小中学校時代当時、学校では日本が歩んだ戦争の歴史について時間を割いて教えていなかったような気がする。しかし朝霞には米軍基地跡地や自衛隊の駐屯地がある。高校では平和学習も行われ、修学旅行で広島も訪れたが、そこでの戦争はやっぱり歴史上の出来事で、リアルなものとしては受け止めにくい感じがした。

どうして身近にある「戦争の傷あと」に注目しないんだろう・・・というのが、私の戦争遺跡への関心の起こりなのであった。そうしたものは注意深く避けられ、平和な日常が演出されている、という違和感は今もある。

これを書きながら、高校時代の友人が当時、「学校の先生は『教え子を戦場に送るな』と言うのに、生徒を平気で受験戦争に送り込んでいる」と言っていたのを思い出した。

今、彼の言葉を私なりに解釈すれば「平和が上滑りしていて、戦争に至る暴力の機構は実は今も温存されている。なぜそのことを先生は問わないのか」となるだろうか。

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