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2017年5月

2017年5月24日 (水)

みんな普通に休んでる

今日は奥多摩の大岳山に登ってきた。御岳山ケーブルカーで上がって6時間。静かな山歩きを満喫した。

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ぐんぐん上る。

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右側のピークは日の出山。

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樹齢千年のケヤキ。

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ぬぼーっとした狛犬。

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標高1267m。これから長い尾根下りがはじまる。

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ふもとが近づいてきた。

しかし誰もいなかったかというとそんなことはなく、平日でも山歩きを楽しんでいる人は意外といる。中高年の人はもちろん、若い人もだ。ふもとからはバイクの音が聞こえる。ツーリングを楽しんでいるのだろう。カヌー教室にも人がいた。

実のところ、週休3日制で平日に休みを入れることに、どこか後ろめたさを感じていたのは事実だ。ところが、こうして平日に山に来てみたら、同じように山歩きやバイクや川遊びなど、休みをエンジョイしている人が結構いるではないか。

なあんだ、平日に休むなんて別に普通じゃん。それでも平日の行楽地は人が少ないから人混みに煩わされずに楽しめる。休むなら土日もいいけど平日ですよマジで。みんなもっと気軽に有給休暇を取るといいと思う。

2017年5月21日 (日)

「土地に杭は打たれても」立川・砂川闘争の現地を歩く

日本の敗戦後、東京・立川に米軍が進駐してきた。旧陸軍飛行場を接収してできたのが米軍立川基地。今のJR立川駅北口付近から昭和記念公園一帯が米空軍の基地だった。ちなみに立川のイケアとかはもろに基地跡地に建っている。

その基地を南北につらぬく滑走路の北側を拡張する米軍の計画に対して、砂川一帯(当時は砂川町)の住民が町ぐるみで阻止すべく決起したのが「砂川闘争」だ。今から62年前、1955年のことである。

日本国憲法の国民主権と平和主義にのっとり、非暴力に徹した反対運動に、警官隊は警棒を打ち下ろした。流血もいとわない国のやり方に国民の批判が集中。米軍は結局、拡張計画を断念し、横田基地に移転していった。

今日21日、当時を知る住民や市民が主催する現地見学会に行ってきた。小金井からは近くはないが、自転車でも行ける距離(だいたい50分くらい)。そんな場所で、歴史的な反基地運動が繰り広げられた。もちろん知識としては知っていたが、これまで現場をつぶさに見たことはなかった。

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国有地との境を示す防衛施設庁の標柱。今も19本が残る。基地拡張にむけた測量のため、国が杭を打ったなごりだ。

国が買収した土地はグラウンドなどに利用されているが、虫食い的に点在していて、地域全体で土地の利用や整備の計画を立てるのが難しいという。

一方、当時の面影を残す畑地もある。麦が青々と育っていた。元々この地は荒れ野だったが、江戸初期に玉川上水が開通。そこから分水した砂川用水を利用して農地の開拓が行われたのがこの一帯だった。

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荒れ野を豊かな田畑、牧草地にするのにかかった時間は約300年。かつて敗戦までは国の軍用地取得に住民は逆らえず、横柄な軍人のふるまいにも耐えていたという。

そして日本が戦争に敗れ、ようやく平和と民主主義の時代がやってきたと思ったら、国はその土地を「基地拡張」の一言で住民から召し上げようとした。苦労して育てた伝来の土地を奪われるのには納得できない。町が一丸となって拡張に反対したのにはそうした背景があった。

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立川基地跡地の旧滑走路にクサビが刺さったような三角形の土地がある。米軍移転後に住民に返還されたもので、現在は果樹畑だ。進駐した米軍は一帯をブルドーザーで整地して滑走路を造成。これに住民が「土地を返せ」と交渉し、住民の所有地であると米軍に認めさせた経緯がある。

そして明け渡しを求める裁判で、国との「和解」により土地は返還。これでもし住民が勝訴すれば、基地内の民有地の返還を認める先例となったはずで、そうなれば沖縄をはじめ、今ある米軍基地の存続そのものにも少なくない影響を与えたことだろう。

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滑走路跡の路面には米軍時代のペイントが残っている。

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旧砂川町役場跡には砂川学習館が建つ。ここには砂川闘争を記念した絵や当時の資料が展示されている。5月とは思えない炎天下の中、現地を1日歩いて、砂川闘争の歴史を肌身で感じることができた。

2017年5月16日 (火)

今日発売の雑誌『週刊SPA!』で記事執筆

今日発売の雑誌『週刊SPA!』で記事を書いています。

■週刊SPA! 5/23号(公式サイト)
https://nikkan-spa.jp/magazine/1332425


特集企画記事「実は都民ファーストではない小池都政を暴く!」の中で、小金井市都道計画問題について書きました。以下は特集冒頭より。

東京都議選が近づき、小池知事率いる「都民ファーストの会」がどれだけ勢力を伸ばせるのかが注目されている。ところが、都政に関してマスコミが取り上げる話題といえば、築地市場の豊洲移転問題や議員の動向ばかり。「都民ファースト」を掲げて当選した小池都知事に対する疑問の声が上がっている。(引用ここまで)

なお、小金井市都道計画問題は本ブログでも継続的に取り上げています。

■都道計画の説明会
http://saitoh-madoka.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-d696.html


■「骨格幹線道路」ではなかった、小金井の都道計画案
http://saitoh-madoka.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-5190.html

■小金井都道計画問題で舛添都知事に質問してみた
http://saitoh-madoka.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-d9da.html


■小金井都道計画問題で小池都知事に質問してみた
http://saitoh-madoka.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-5589.html

書店・コンビニで。

2017年5月 8日 (月)

梅ノ木峠を走る(5月7日)

久々に峠越えサイクリングをしてきた。前回は1泊2日で奥多摩・風張峠に行ったが、それはもう4年前のこと。

■旅用自転車で行く!1泊2日のサイクリング(地球のココロ)
http://chikyu-no-cocolo.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/12_4.html


わざわざ泊りがけで・・・となると腰が重くなる。そこで日帰りで行ける所を、と今回選んだのが、青梅市と日の出町を結ぶ梅ノ木峠だ。標高は630mくらいか。

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峠道でも楽にペダルを踏めるよう、4年前よりも軽いギアセット(フロント44×26T)で挑んだが、なかなか厳しい坂で往生した。峠からは日の出町方面の展望が良い。

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石碑や道案内もある。

高校時代は埼玉・奥武蔵の峠をめざしてサイクリングに行ったものだ。正丸峠、定峰峠、堂平山・・・。奥武蔵グリーンラインは稜線を走るコースで楽しかった。

東京にも奥武蔵のように手軽に楽しめる(上ってみると全然手軽ではないのだが)峠なんてあるのかしら、と少し前は思っていたが、単に私が知らなかっただけで、探せばまだまだあるようだ。

2017年5月 5日 (金)

早起き高尾山

早起きして高尾山に登ってきた。始発を逃して、高尾山口駅を出発したのが6時10分過ぎ。「6号路」を経て7時半頃には山頂についた。まあ標高600メートル弱だしね。登山靴を新調したので足ならしだ。

GWの混雑をさけて早起きしたのだが、それでも登山客がちらほらいる。案の定、下りの稲荷山コースは後から後から登山者が上ってきた。普通に上っていたら大渋滞で閉口したことだろう。

ゆったり高尾山を楽しむなら早朝が穴場だ。早く下山すれば、午後には芋洗い状態となる高尾山温泉も空いている。8時から入湯可能だ。今日は富士山がくっきり見えて、遠くには南アルプスの峰々も白く輝いていた。

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