日々

2017年1月23日 (月)

生活保護叩きが社会の不安を増長させる

■「生活保護舐めんな」ジャンパーは小田原市だけの問題なのか?(ハーバー・ビジネス・オンライン)
https://hbol.jp/126570

全く同感だ。権力をかさに着た威圧的な福祉職員はふつうにいる。その背景には、福祉予算が削られ、さらに福祉の現場の人員も減らされ激務からストレスが高じているせいもあるだろうが、まずもって生活保護に対して異常に冷淡な日本の社会風土がある。

それは例えば、過剰に自己責任を求め、生活保護を「お上の施し」と捉えるというような形で表れる。

しかし責任には大まかに言って、自分が原因のものと、社会に原因があるものとがある。社会に原因があるものは、自分の努力だけではどうにもならない。この点で、過剰な自己責任を求めるのは誤りだ。

また、生活保護は権利であって、お上の施しではない。憲法第25条は

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」

と明記し国民の生存権を保障している。大事なことなので繰り返すが、生活保護は権利であって、お上の施しではない。

そもそも、人は何があっても生きていけるという安心感があるからこそ、人生の難題にも「背水の陣」で挑める。

ところが「水際作戦」や生活保護バッシングが典型だけど、そうやって社会保障を細らせるほどに人々の不安は大きくなるから、かえって人は守りに入ってしまうのではないか? つまりリスクを負って挑戦しにくくなる。

それはつまり、安心から活力が生まれることを社会が認めないということだ。

そう考えると、生活保護に冷たい日本社会は自分で自分の首を絞めていることになる。それはただのバカでしょう。

今本当に取り組むべきは捕捉率を上げる=生活保護の支給もれ(漏給)をなくすことである。そのための予算を付け、福祉の現場の人員を増やすことが、結果的には社会に活気をもたらすに違いない。

2017年1月17日 (火)

【パブコメ今日1/17まで】原発廃炉の尻拭いを国民に押し付ける「託送料金上乗せ」

うっかりしていた。原発廃炉費用を国民に押し付けようという、国の「託送料金への上乗せ」に関するパブコメの締め切りが今日までだった。

詳しい内容は下のリンクを参照。

■【1月17日まで】原発事故費用・廃炉費用- 東京電力が責任を取らないまま、国民負担でいいの??(パブコメで未来を変えよう)
https://publiccomment.wordpress.com/2016/12/20/baisyohairo/

私も意見を送ってみた。

*****

託送料金に廃炉費用を上乗せすること(以下、上乗せと表記)に反対します。

廃炉費用は原発を保有する電力会社が電気料金に上乗せし、原発を保有する電力会社を選んだ需要家が負担するのが公平です。

しかし上乗せは、原発を望まない需要家にも原発コストを負担させるものであり、公平ではありません。

また上乗せを行えば、自然エネルギー中心の電力会社から需要家が電気を買っても原発コストを負担することになります。これは自然エネルギーの導入拡大にとってマイナスです。

しかも上乗せは、すべての需要家に原発コストを押し付けるものですから、「何があっても原発だけは安泰」という仕組みを作ることになり、モラルハザードをもたらすことになります。

東電原発事故が原発安全神話にあぐらをかいたモラルハザードの果てに生じたことを振り返れば、上乗せが、再び原発事故による国土喪失という国難を招くことは間違いありません。

そのようなことは日本国民として受け入れることができません。のみならず、原発事故の影響が広範囲かつ長期にわたることをかんがみれば、将来世代を危険にさらし、次世代に受け継ぐべき自然と生態系を損なう危険をもたらす上乗せは、認められません。

2016年12月20日 (火)

傾聴カウンセリングを受けてみた

「傾聴カウンセリング」というものを受けてきた。

カウンセラーさんにひたすら話を聞いてもらうのだが、傾聴とあるように、カウンセラーは話へのアドバイスや価値判断はしない。傾聴~のことは前から知っていたが、こんかい機会があったので受けてみたのだ。

普段思っていてもなかなか話しにくいことってやっぱりある。
「それを言っちゃおしまいよ」みたいな。
生きていれば口にするとたちまち断罪されたり説教されたりしそうな話はあるものだ(大げさ?)。

そういう話を聞いてもらった。
何を言っても責められたり批判されたりしない、というのは安心感がある。
それで、面白いのは、思っていたことを言葉にして話していくうちに、頭の中が整理されること。もやもやが少しだけ晴れるような感じだ。

人は言葉を媒介してものを考える。ノートに書きつけるのもよいが、安心感のある環境で他人に聴いてもらうことで、考えがクリアになることもある。

前回のブログで、心を病んだ人が芸術活動を通じて回復していく映画の話を書いたが、似たような感覚というか。言葉にして誰かに聞いてもらうことで、ほんらい自分に備わっている自己治癒の力が引き出される・・・そんな体験だった。

カウンセラーは「うっかりカウンセラー」でブロガーの雨野千晴(あめのちはれ)さん。カウンセリングの終わりに私の似顔絵を描いてくださった。

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イケメンに描いていただきました。
ありがとうございます。

■うっかり女子でも大丈夫(雨野千晴さんのブログ)
http://ameblo.jp/nobiroukun/

2016年12月16日 (金)

ゴミ情報サイトに泣く

日曜から風邪で寝込んでいた。久しぶりに39度近い高熱が出て、今も少しだるい。病院では「ウイルス性の風邪だろう」と診断されたが、たぶんインフルエンザだろう。

ところでインフルエンザのときに風呂には入るなとか言われるが、高熱で寝汗をかいて気持ちが悪いので汗を流したい。風呂に入るべきか否か・・・。「インフルエンザあるある」だが、ネットで「インフルエンザ 風呂」と検索すると、広告誘導目的の情報サイトが出るわ出るわ。

これらは記事の出所や出典がはっきりせず、執筆者やサイト運営者の情報も載っていないものが多い。こういうゴミみたいな情報サイト(そもそも広告誘導が目的だから記事やサイトのクオリティは二の次なのだろうが)の情報は、参考にできない。

参考になったのは、医療従事者が監修したと思われるサイト(記述や運営者情報が比較的しっかりしていた)と質問サイトでの記事だったが、これらの記事が他のゴミ情報サイトに埋もれて見つけづらいのだ。

それにしても、こういったゴミ情報サイトの記事は、クラウドソーシングで募集してライターが1文字1円とかあり得ない単価で書いているんだろうか。だとしたら書いてる本人も身にならないだろうし、何よりウェブ利用者が迷惑する。

1文字1円のゴミ記事を書くくらいだったら、普通にバイトするほうが稼げるのではないか。いくらなんでも仕事は選ぶべきだろう。

2016年11月16日 (水)

スマホで聴く「ラジオ・マヤーク」

ラジオ・マヤーク(灯台)は、ロシア全土を網羅するラジオ局。
かつてはロシア極東地域の送信所からの電波を、日本でもAMラジオで受信することができた。

マヤークといえば、このジングル(インターバルシグナル)だ。



毎時0分と30分に、印象的なこのジングルがかかる。

ロシア語などわかるはずもないが、ロシアンポップスなど日本ではまず聴けない番組内容で、異国、欧州の雰囲気が楽しめる局である。

ところで、ロシアのラジオ事情は近年大きく様変わりした。現地のFMを除き、長波・AM・海外向け短波での放送が軒並み停止。日本でマヤークのAM放送を聴くことは、基本的にできなくなってしまった。

そんなマヤークだが、ストリーミング放送でならカンタンに日本で聴くことができる。

■ラジオ・マヤークのウェブサイト(ロシア語)
http://radiomayak.ru/


私はスマートフォンのアプリで聴いているが、ポケットラジオのような使い勝手が楽しい。つけっぱなしにしてBGM代わりにしている。

2016年9月27日 (火)

修理完了 ナショナル・クーガ7

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ナショナルのラジオ、クーガ7が修理から戻ってきた。1973年発売のモデルで、メーカーの修理対応はとうの昔に終わっている。ラジオに強い在野のレストアラーの方にお願いしていたのだ。

ラジオ、特に海外短波放送が聴けるもので、いわゆる「BCLラジオ」と呼ばれる物を収集していた時期があった。クーガ7はそれより少し前、10数年前にネットオークションで買ったものだ。中学時代にリサイクル店で同じものを買ったことがあるが、当時、分解しているうちに壊してしまった。だから2台目ということになる。

クーガ7は同時代のBCLラジオの中で、性能的には全くどうというところはない。例えばソニーのスカイセンサー5900のように、周波数直読や高感度設計(ダブルスーパーヘテロダイン)、SSB復調といった高級機能はついておらず、中波(AM)、短波、FMが聴けるだけ。ただしFMはワイド受信か可能で、アナログTV音声(1~3ch)が受信できた。

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この機種の一番の特徴は、メカメカしい外観だ。ミリタリーっぽいデザインは今でも個性的で、秀逸だなあと思う。劇場版エヴァンゲリオンにも登場していたはずだ。AM受信時にはポップアップ式のジャイロアンテナが使えて、電波の方向にチキチキと方向を合わせるギミックが楽しい。

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他にもクーガ7には美点があった。BCLラジオを収集していた、と書いたが、音が良いのだ。スカイセンサー5900よりは明らかに優れ、やはりソニーのICF-6800(高感度で高価だった)と比べてもそん色ない。ICF-2010(2001Dの輸出モデル)もいい音だったが、押しなべてソニーのラジオの音は硬質というか明瞭さ重視のような印象を受けた。以上はもちろん個人の感想です。

クーガ7は音に温かみがあるというか、聴いていて疲れない印象だ。それで長く使い続けられているのだろう。もうひとつ、高級機ではないので屋外にも気軽に持ち出せる、例えば縁側に無造作に置くというような感じで、ホームラジオ的に使えるのも大きい。高性能・高級機だと、万一壊したらどうしようと思うとぞんざいに扱えないものだ。その分、所有欲は満たせるのだが・・・。

収集していたBCLラジオはあらかた手放したが、クーガ7はこれからも使い倒したい。ちなみにどんな故障だったかというと、FMの感度が低いので自分で無手勝流に調整しようとしたらかえってひどくなってしまった、という恥ずかしい内容だ。今回、きっちり調整いただいたので良好に受信できる。

ただしICの劣化のためか、FMで明瞭に受信できていても感度メータの針の振れが弱い。これは性能そのものには影響しないので、そのままにしてある。

2016年6月13日 (月)

東電パワーグリッド(配電会社)が鬼畜な件

耳を疑うような話題だ。

■ブレーカーが落ちても復旧しない東電パワーグリッド(東電送配電)会社(ブログ:竹村英明の「あきらめない!」)
http://blog.goo.ne.jp/h-take888/e/22bf275d4e0eea4428d6c4137fe7dd98

自然エネルギーの電力会社「エナジーパワー」を設立した竹村氏の事務所で、ブレーカーが落ちたのに復旧できないそうだ。今日(6/13)の話である。

ブレーカーは契約アンペア量を上回る電気を使うと切れるしくみだ。従来のものは、切れても手動で復帰できる。

ところが、最新式のものはスイッチがなく自動で復旧するらしい。竹村氏の事務所では、アンペアダウンしたところ、ブレーカーが自動式になったようだ。調べると、スマートメータにブレーカーが内蔵されており、切断と復旧が自動化されている。ところが竹村氏の事務所では復旧せず、停電が続いている様子だ。

腹立たしいのは、東電から分社した送配電会社の「東電パワーグリッド」の対応。記事によれば、訪問しても復旧させないばかりか「原因を調査するから9000円下さい」と言っているという。

電気料金には送配電会社に支払う「託送料金」が上乗せされている。ところがパワーグリッド社のサービスマンはそれに飽き足らず技術料(工賃)?を消費者にせびっているという話ではないか。

いやはや。こんな体たらくでは、電力会社を変える、というかアンペアダウンでさえためらわれるではないか。いち早い復旧を願うが、記事を読むにつけ、分社しても東京電力の腐り切っていることに変わりはなさそうだ。

(2016/6/22追記)本件、翌日に配電盤の漏電遮断器の1個がオフになっており、それで停電していたことが判明。9000円は取られなかったそうである。

2016年6月 4日 (土)

コンテナ船欧州直航中止。ところで内航海運は大丈夫なのか?

ネット上で興味深い話題が流れてきた。

■ついに来るべきときが来た。世界最大手のコンテナ船会社が、アジア~欧州航路の日本寄港の中止を発表した…(ツイナビ)
http://twinavi.jp/topics/news/574d6995-63ec-4695-b952-0b5aac133a21


何でも幕末以降連綿と続いてきた、欧州船会社による欧州から日本の直航商船がなくなるらしいのだ(専門外なので誤解を含んでいるかも知れないが)。日本製造業の空洞化と、今や海上輸送の主流を占めるコンテナ船の超大型化とが関係しているらしい。

今後、欧州から日本へのコンテナ貨物は、上海などアジアの港で積み替えてやってくるそうだ。

人口が減り、消費が減る中でのこうした変化はある意味当然のものだろう。大量生産・大量消費から、いいものを長く大事に使う流れに変わっていくとすれば、むしろいいことではないか。日本は利子を稼ぎ、付加価値の高いものを輸出して、文化大国として食っていくのだ。

それよりも気になるのが内航海運だ。船員の高齢化と人手不足が以前から指摘されてきた。しかも船員になるには養成期間が必要だ(「海技免状」と呼ばれる資格を取らずにいきなり乗船して、「部員」として補助的業務に就く道もあるようだが)。

2トンとか4トンのトラックなら自動車免許を持っていれば極端な話、すぐにもドライバーとして働けるが、少なくとも船員はそれよりかはハードルが高い(のではないか)。

それはともかく、船舶での物流は自動車よりもエネルギー消費が少なくて済む。気候変動対策や物流コスト削減の点からいっても内航海運は一層の発展が求められる分野だろう。しかしその担い手が少ないとなれば、そっちのほうが日本にとって大問題ではないのか・・・などと不勉強ながらに思ってみたりするのだが。

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写真は関門海峡(下関市)。

2016年5月11日 (水)

連休の過ごし方で反省

今年のGW連休は、日帰りハイキングの他は基本、家で過ごした。
それで、家でゆっくりできたのかというと、そうとは言い切れないんである。

まず、家の片づけをした。押入れの整理をして古物や書類などを2箱分くらい処分。
次に、1月に着手して完成が延び延びになっていた「自分マガジン」第2号をエイヤッと完成させた。他にも、地域での頼まれごとがあったので済ませたりした。

さらに、記事の原稿チェック等の電話が出先にもかかってきたりして、その対応をしたりもしていた。だから、日常から完全に離れて時間が過ごせたかというと、実はまったくそんなことはない。その反動か、連休明けの今週はイマイチ体調がすぐれない。

連休でどこかに出かけるのが億劫だ。それは出かけた先で人込みにもまれるのが嫌だから、というのが理由の一つにある。

しかしそれを敬遠するあまり、今年は主に自宅で過ごしたのだが、普段できなかったことがそれなりに捗ったりするけれど、振り返ると結局あまりリフレッシュにはなっていないよなあ、と反省しているのが今だ。

来年は1週間くらい、ひなびた温泉宿で自炊でもしようか・・・。信州の長期滞在宿を紹介するウェブサイト「長期滞在.com」を眺めながら、そんなことを思うのである。温泉宿が素泊まり1週間で27000円(1泊4500円)とか、けっこうリーズナブルだ。

■長期滞在.com
http://www.choukitaizai.com/shinsyu/index.htm

休みは何かをするのではなく、文字通り「休む」ために使うべきではないかという話。

2016年5月 6日 (金)

考えれば当然の「空腹万引きは無罪」伊最高裁判決

イタリアの最高裁でこのほど、興味深い判決が出た。

■イタリア 空腹の人に万引きを許す(スプートニク)
http://jp.sputniknews.com/europe/20160504/2070546.html


■空腹の万引きに逆転無罪=「食べなければ死ぬ」-伊最高裁(時事通信)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016050400076&g=int


「食べなければ死ぬ」「財産権より生存権が優先される」との判断。
つまりモノ・カネよりも人命が重視されるという、極めて常識的な道理である。問題は、万引きなどしなくていいようにするにはどうするか、ということだ。

世の中のおおかたの仕事が今後、ロボットやコンピュータによって自動化されるとすれば、人間の生存権をどう保障するのかは、社会の喫緊の課題だ。「働かざるもの食うべからず」は近い将来、通用しなくなる可能性がある。だって、仕事がないんだもん。個人だけに責任を帰するのは正しくない。

基礎的な収入を無条件で給付する「ベーシック・インカム」は試すに値する制度だと思うが、衣食住を現物支給するという手もあるのではないか。
以前、こんな記事を書いた。

■1日10万食。驚異のインド無料食堂をありのままに伝えたい! 映画「聖者たちの食卓」監督インタビュー(地球のココロ)
http://chikyu-no-cocolo.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-10734.html

困窮者への炊き出しが恒常化したとも言えるわけだが、別に困窮していなくても違和感なく利用できる点が重要だ。つまり「自尊心を損なわずに」無料で飲食にありつけるのである。

こういう制度が社会に充実していれば、飢えても万引きしなくて済むはずだ。

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