日々

2017年5月24日 (水)

みんな普通に休んでる

今日は奥多摩の大岳山に登ってきた。御岳山ケーブルカーで上がって6時間。静かな山歩きを満喫した。

_0016579

ぐんぐん上る。

_0016582

右側のピークは日の出山。

_0016584

樹齢千年のケヤキ。

_0016601

ぬぼーっとした狛犬。

_0016604

標高1267m。これから長い尾根下りがはじまる。

_0016618

ふもとが近づいてきた。

しかし誰もいなかったかというとそんなことはなく、平日でも山歩きを楽しんでいる人は意外といる。中高年の人はもちろん、若い人もだ。ふもとからはバイクの音が聞こえる。ツーリングを楽しんでいるのだろう。カヌー教室にも人がいた。

実のところ、週休3日制で平日に休みを入れることに、どこか後ろめたさを感じていたのは事実だ。ところが、こうして平日に山に来てみたら、同じように山歩きやバイクや川遊びなど、休みをエンジョイしている人が結構いるではないか。

なあんだ、平日に休むなんて別に普通じゃん。それでも平日の行楽地は人が少ないから人混みに煩わされずに楽しめる。休むなら土日もいいけど平日ですよマジで。みんなもっと気軽に有給休暇を取るといいと思う。

2017年5月20日 (土)

NHKアナと狸合戦ぽんぽこ

NHKが視聴者離れを食い止めようと番組改革を行っているが、ニュース番組もバラエティ風に演出したりして、アナウンサーも大変だなと思う。

■NHK「高齢者の性」特集に驚き 田原総一朗氏のツッコミも話題(J-CASTニュース)
http://news.livedoor.com/article/detail/13085406/


田原総一朗の容赦ないツッコミに武田アナが四苦八苦している様子が目に浮かぶ。国谷キャスターだったらどう切り返したか。いや相手が国谷氏だったら、田原氏も返す刀が怖くて、ここまで好き放題できなかったのではないか。

そういえば「おはよう日本」の高瀬アナも、なんだかどこか無理しているようだ。一方、あさイチで有働アナが生き生きしているのは、イノッチと柳澤解説委員とのコンボが見事にハマったからだろう。

一億総活躍とか生産性向上とかの掛け声に煽られ、みんな肩で息しているのが今日このごろだ。余裕が無いのにさらにパフォーマンスを求められる。適応できればまだいいが、そうでない人はどうなるのか。

ところで今年はJR発足30年だが、発足前後で国労組合員の大量首切り、配転が横行。絶望した組合員が相次いで命を絶つ、ということも起こった。

今は世の中全体が似たようなことになっていないか。

話を戻すと、今回のクロ現プラスの記事を読んでジブリ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」のことが頭に浮かんだ。化けられるタヌキは知恵を絞って里山開発に立ち向かい、破れても変幻のスキルを生かしてしぶとく生きる。

一方、化けられない「並のタヌキ」は念仏踊りをおどりながら死出の旅に出るのであった。今思えば黙示録的シーンであったことよ。そのジブリで宮﨑駿が新作に挑むという。一体どんな作品になるのか。気になる。

2017年5月14日 (日)

「好き」を大事にする

JR小海線の甲斐大泉駅から歩いて10分ほどのところにある「ターシャ・テューダー ミニミュージアム」(山梨県北杜市)という場所を訪れた。

■ターシャ・テューダー ミニミュージアム 公式サイト
http://www.ttmmuseum.com/


_0016503

リゾート地の博物館や美術館って展示内容がしょぼかったり、整備が行き届いていなかったり、という感じで何となく残念なものも多かったりする。だから私も当初はそんなに期待していなかったし、そもそもターシャ・テューダーという人のことをよく知らないまま来てしまった。

ところが、この博物館は非常に満足した。展示内容、つまり発信しているメッセージがすばらしかったのだ。

_0016487

ターシャ・テューダーという人は20世紀に活躍した米国の絵本作家で、今でいう田舎暮らしやカントリーライフ、「丁寧な暮らし」を実践してきた人だ。富と才能に恵まれた家系で育ったが、本人は専門的に絵を学んだりしたことはなかったそうで、それでも好きで絵を描いたり、人形を作ったりしていたところ、いつの間にか絵本作家や挿絵画家、人形作家として活躍していたというのである。

スタッフの方の丁寧な説明も聞きながら、展示を見て私なりに理解した。それはつまり、この人は、自分が好きなことを正直に追求することで、心の豊かさを得たに違いない、ということだ。

_0016492

日々のことどもに追われていると、自分は本当は何がしたかったのかが見えにくい。それは私もそうで、人生を何かに奪われている感じがする。一方、ターシャ・テューダーという人は、生い立ちが恵まれていたにせよ、自分の中にある「好き」や「これがしたい」に生涯をかけて正直であろうとした。その生き方に引き付けられるのだろう。

_0016496

訪れた日はあいにく雨だったが、この博物館は庭も手入れが行き届いていてすばらしい。思いがけない収穫だった。

2017年5月 9日 (火)

コーヒーはいいぞ

こんな記事を見つけた。

■“コーヒーが健康に悪い”は嘘だった うつ病を防ぎ、寿命を伸ばすことが判明(ハーバー・ビジネス・オンライン)
https://hbol.jp/138863

記事にある「記憶力と集中力が高まる」「メンタルヘルスにも効果大」というのは、なるほどと思う。

私も最近、朝の家事を終えてからコーヒータイムを設けるようにした。バタバタと家事に追われてあわただしい心を鎮め、仕事に向けて気持ちを整えるためだ、と書くと何だか堅苦しいが、つまりはコーヒーを飲むとホッとするのだ。

緑茶や紅茶、砂糖入りココアなんかだとこうはいかない。コーヒーはまず淹れるときの香りで癒される。しゃきっとした苦みも心地いい。お茶は水分補給にはいいが、コーヒーのように劇的に気分を整えることはない。市販の砂糖入りココアは砂糖のせいか添加物の影響か分からないが、飲むと眠くなってしまって逆効果だ。

コーヒーはドリップで淹れているが、実は自分で淹れるコーヒーには満足していない。どうも香りが弱かったり薄かったりするのだ。毎日淹れてうまいコーヒーを飲めるようになりたい。

コーヒーというとオーガニックとかフェアトレードとか、そういった事柄も考えないではないが、とりあえず今はコーヒーを楽しむことに集中したいと思う今日この頃だ。

2017年1月23日 (月)

生活保護叩きが社会の不安を増長させる

■「生活保護舐めんな」ジャンパーは小田原市だけの問題なのか?(ハーバー・ビジネス・オンライン)
https://hbol.jp/126570

全く同感だ。権力をかさに着た威圧的な福祉職員はふつうにいる。その背景には、福祉予算が削られ、さらに福祉の現場の人員も減らされ激務からストレスが高じているせいもあるだろうが、まずもって生活保護に対して異常に冷淡な日本の社会風土がある。

それは例えば、過剰に自己責任を求め、生活保護を「お上の施し」と捉えるというような形で表れる。

しかし責任には大まかに言って、自分が原因のものと、社会に原因があるものとがある。社会に原因があるものは、自分の努力だけではどうにもならない。この点で、過剰な自己責任を求めるのは誤りだ。

また、生活保護は権利であって、お上の施しではない。憲法第25条は

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」

と明記し国民の生存権を保障している。大事なことなので繰り返すが、生活保護は権利であって、お上の施しではない。

そもそも、人は何があっても生きていけるという安心感があるからこそ、人生の難題にも「背水の陣」で挑める。

ところが「水際作戦」や生活保護バッシングが典型だけど、そうやって社会保障を細らせるほどに人々の不安は大きくなるから、かえって人は守りに入ってしまうのではないか? つまりリスクを負って挑戦しにくくなる。

それはつまり、安心から活力が生まれることを社会が認めないということだ。

そう考えると、生活保護に冷たい日本社会は自分で自分の首を絞めていることになる。それはただのバカでしょう。

今本当に取り組むべきは捕捉率を上げる=生活保護の支給もれ(漏給)をなくすことである。そのための予算を付け、福祉の現場の人員を増やすことが、結果的には社会に活気をもたらすに違いない。

2017年1月17日 (火)

【パブコメ今日1/17まで】原発廃炉の尻拭いを国民に押し付ける「託送料金上乗せ」

うっかりしていた。原発廃炉費用を国民に押し付けようという、国の「託送料金への上乗せ」に関するパブコメの締め切りが今日までだった。

詳しい内容は下のリンクを参照。

■【1月17日まで】原発事故費用・廃炉費用- 東京電力が責任を取らないまま、国民負担でいいの??(パブコメで未来を変えよう)
https://publiccomment.wordpress.com/2016/12/20/baisyohairo/

私も意見を送ってみた。

*****

託送料金に廃炉費用を上乗せすること(以下、上乗せと表記)に反対します。

廃炉費用は原発を保有する電力会社が電気料金に上乗せし、原発を保有する電力会社を選んだ需要家が負担するのが公平です。

しかし上乗せは、原発を望まない需要家にも原発コストを負担させるものであり、公平ではありません。

また上乗せを行えば、自然エネルギー中心の電力会社から需要家が電気を買っても原発コストを負担することになります。これは自然エネルギーの導入拡大にとってマイナスです。

しかも上乗せは、すべての需要家に原発コストを押し付けるものですから、「何があっても原発だけは安泰」という仕組みを作ることになり、モラルハザードをもたらすことになります。

東電原発事故が原発安全神話にあぐらをかいたモラルハザードの果てに生じたことを振り返れば、上乗せが、再び原発事故による国土喪失という国難を招くことは間違いありません。

そのようなことは日本国民として受け入れることができません。のみならず、原発事故の影響が広範囲かつ長期にわたることをかんがみれば、将来世代を危険にさらし、次世代に受け継ぐべき自然と生態系を損なう危険をもたらす上乗せは、認められません。

2016年12月20日 (火)

傾聴カウンセリングを受けてみた

「傾聴カウンセリング」というものを受けてきた。

カウンセラーさんにひたすら話を聞いてもらうのだが、傾聴とあるように、カウンセラーは話へのアドバイスや価値判断はしない。傾聴~のことは前から知っていたが、こんかい機会があったので受けてみたのだ。

普段思っていてもなかなか話しにくいことってやっぱりある。
「それを言っちゃおしまいよ」みたいな。
生きていれば口にするとたちまち断罪されたり説教されたりしそうな話はあるものだ(大げさ?)。

そういう話を聞いてもらった。
何を言っても責められたり批判されたりしない、というのは安心感がある。
それで、面白いのは、思っていたことを言葉にして話していくうちに、頭の中が整理されること。もやもやが少しだけ晴れるような感じだ。

人は言葉を媒介してものを考える。ノートに書きつけるのもよいが、安心感のある環境で他人に聴いてもらうことで、考えがクリアになることもある。

前回のブログで、心を病んだ人が芸術活動を通じて回復していく映画の話を書いたが、似たような感覚というか。言葉にして誰かに聞いてもらうことで、ほんらい自分に備わっている自己治癒の力が引き出される・・・そんな体験だった。

カウンセラーは「うっかりカウンセラー」でブロガーの雨野千晴(あめのちはれ)さん。カウンセリングの終わりに私の似顔絵を描いてくださった。

_0016250

イケメンに描いていただきました。
ありがとうございます。

■うっかり女子でも大丈夫(雨野千晴さんのブログ)
http://ameblo.jp/nobiroukun/

2016年12月16日 (金)

ゴミ情報サイトに泣く

日曜から風邪で寝込んでいた。久しぶりに39度近い高熱が出て、今も少しだるい。病院では「ウイルス性の風邪だろう」と診断されたが、たぶんインフルエンザだろう。

ところでインフルエンザのときに風呂には入るなとか言われるが、高熱で寝汗をかいて気持ちが悪いので汗を流したい。風呂に入るべきか否か・・・。「インフルエンザあるある」だが、ネットで「インフルエンザ 風呂」と検索すると、広告誘導目的の情報サイトが出るわ出るわ。

これらは記事の出所や出典がはっきりせず、執筆者やサイト運営者の情報も載っていないものが多い。こういうゴミみたいな情報サイト(そもそも広告誘導が目的だから記事やサイトのクオリティは二の次なのだろうが)の情報は、参考にできない。

参考になったのは、医療従事者が監修したと思われるサイト(記述や運営者情報が比較的しっかりしていた)と質問サイトでの記事だったが、これらの記事が他のゴミ情報サイトに埋もれて見つけづらいのだ。

それにしても、こういったゴミ情報サイトの記事は、クラウドソーシングで募集してライターが1文字1円とかあり得ない単価で書いているんだろうか。だとしたら書いてる本人も身にならないだろうし、何よりウェブ利用者が迷惑する。

1文字1円のゴミ記事を書くくらいだったら、普通にバイトするほうが稼げるのではないか。いくらなんでも仕事は選ぶべきだろう。

2016年11月16日 (水)

スマホで聴く「ラジオ・マヤーク」

ラジオ・マヤーク(灯台)は、ロシア全土を網羅するラジオ局。
かつてはロシア極東地域の送信所からの電波を、日本でもAMラジオで受信することができた。

マヤークといえば、このジングル(インターバルシグナル)だ。



毎時0分と30分に、印象的なこのジングルがかかる。

ロシア語などわかるはずもないが、ロシアンポップスなど日本ではまず聴けない番組内容で、異国、欧州の雰囲気が楽しめる局である。

ところで、ロシアのラジオ事情は近年大きく様変わりした。現地のFMを除き、長波・AM・海外向け短波での放送が軒並み停止。日本でマヤークのAM放送を聴くことは、基本的にできなくなってしまった。

そんなマヤークだが、ストリーミング放送でならカンタンに日本で聴くことができる。

■ラジオ・マヤークのウェブサイト(ロシア語)
http://radiomayak.ru/


私はスマートフォンのアプリで聴いているが、ポケットラジオのような使い勝手が楽しい。つけっぱなしにしてBGM代わりにしている。

2016年9月27日 (火)

修理完了 ナショナル・クーガ7

_0016147

ナショナルのラジオ、クーガ7が修理から戻ってきた。1973年発売のモデルで、メーカーの修理対応はとうの昔に終わっている。ラジオに強い在野のレストアラーの方にお願いしていたのだ。

ラジオ、特に海外短波放送が聴けるもので、いわゆる「BCLラジオ」と呼ばれる物を収集していた時期があった。クーガ7はそれより少し前、10数年前にネットオークションで買ったものだ。中学時代にリサイクル店で同じものを買ったことがあるが、当時、分解しているうちに壊してしまった。だから2台目ということになる。

クーガ7は同時代のBCLラジオの中で、性能的には全くどうというところはない。例えばソニーのスカイセンサー5900のように、周波数直読や高感度設計(ダブルスーパーヘテロダイン)、SSB復調といった高級機能はついておらず、中波(AM)、短波、FMが聴けるだけ。ただしFMはワイド受信か可能で、アナログTV音声(1~3ch)が受信できた。

_0016148

この機種の一番の特徴は、メカメカしい外観だ。ミリタリーっぽいデザインは今でも個性的で、秀逸だなあと思う。劇場版エヴァンゲリオンにも登場していたはずだ。AM受信時にはポップアップ式のジャイロアンテナが使えて、電波の方向にチキチキと方向を合わせるギミックが楽しい。

_0016149_2

他にもクーガ7には美点があった。BCLラジオを収集していた、と書いたが、音が良いのだ。スカイセンサー5900よりは明らかに優れ、やはりソニーのICF-6800(高感度で高価だった)と比べてもそん色ない。ICF-2010(2001Dの輸出モデル)もいい音だったが、押しなべてソニーのラジオの音は硬質というか明瞭さ重視のような印象を受けた。以上はもちろん個人の感想です。

クーガ7は音に温かみがあるというか、聴いていて疲れない印象だ。それで長く使い続けられているのだろう。もうひとつ、高級機ではないので屋外にも気軽に持ち出せる、例えば縁側に無造作に置くというような感じで、ホームラジオ的に使えるのも大きい。高性能・高級機だと、万一壊したらどうしようと思うとぞんざいに扱えないものだ。その分、所有欲は満たせるのだが・・・。

収集していたBCLラジオはあらかた手放したが、クーガ7はこれからも使い倒したい。ちなみにどんな故障だったかというと、FMの感度が低いので自分で無手勝流に調整しようとしたらかえってひどくなってしまった、という恥ずかしい内容だ。今回、きっちり調整いただいたので良好に受信できる。

ただしICの劣化のためか、FMで明瞭に受信できていても感度メータの針の振れが弱い。これは性能そのものには影響しないので、そのままにしてある。

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ